仙台高等裁判所秋田支部 昭和34年(う)129号 判決 1960年4月06日
被告人 安田寅五郎
主文
本件控訴を棄却する。
理由
所論は原判示第一乃至第五の各事実について、「原判決はいわゆる共謀共同正犯なるものを認めて、本件各詐偽投票の実行々為を分担していない被告人に対し、原判示共同謀議又は共謀に加わつたことを以つて刑法第六十条を適用して共同正犯として処断したが、右法条は二人以上の者が犯罪を共同実行した場合を共同正犯としていること法文に照らし明らかであるから原判決は右法条の解釈適用を誤つた違法がある。又いわゆる共謀共同正犯を認める見解は、本来教唆犯にすぎない犯罪の実行に関与しない者を、共同正犯として之に刑法各本条所定の刑罰を科せんとするものであるから、共同正犯と他の共犯の態様である教唆犯、幇助犯との概念上の区別を不明確にし、結局近代刑法の大原則である罪刑法定主義に違反する」というのである。
原判決が被告人は菅生周助外三名と他人名義の投票所入場券で詐偽投票することを共同謀議し原判示第一乃至第五記載の如く他人名儀の投票所入場券を集めた上菅生周助、西村弓太郎或は西村一男外一〇乃至二〇数名の者をして同人等を孰れも投票所入場券に記載してある氏名者の如く詐称して当該係員より衆議院議員選挙の投票用紙の交付を受けしめて候補者の氏名を記載し投票せしめた各詐偽投票につき、被告人を共謀共同正犯者と認定し、刑法第六〇条を適用して処断したことは原判文により明らかであるが、右法条が所論のごとく犯罪の共同実行々為者のみを共同正犯とする法意であると解しなければならない法文上の根拠はなく、当裁判所も最高裁判所の判例の示す如く犯行の共謀が成立し、右共謀に基いて犯罪が実行された場合、実行々為を分担しなかつた共謀者も右法条により共同正犯の刑事責任を免れないと解するから原判決には所論のごとき法令適用、解釈の誤りはない。
次に共謀共同正犯を認めることが所論のごとく罪刑法定主義に反するかどうか、特に犯罪の実行々為に加担しない共謀者に、如何なる場合に正犯又は教唆犯が成立するかの区別について按ずるに、斯る共謀者が共同正犯として処断される所以は、その犯罪の実行々為が、行為担当者と共謀者間の共同犯行の認識のもとに、換言すれば、共謀者は行為担当者の実行々為を通じて自己の犯罪意思を実現し、他方行為担当者は自己の実行々為により共謀者の犯罪意思をも実現する主観的な相互依存の関係(双方による心理的補充の関係)のもとに敢行されるところにあるのに対比し、教唆犯の場合は、教唆者が被教唆者の実行々為を通じて自己の犯罪意思を実現させる主観的な関係は恰も共謀共同正犯の場合と似てはいるが、被教唆者は教唆者の教唆により生ぜしめられた犯意に基いて、主観的には自己の目的と意思のもとにその犯罪を敢行(単独正犯)するもの(一方的な心理的補充の関係)であつて、したがつて、若し被教唆者が教唆を受けた結果、教唆者との間に前記のごとき共同犯行の認識が生じ、その認識のもとに犯罪が実行されたと認められる場合には、教唆者は共謀共同正犯たる刑事責任を免れないと解すべきである、されば共謀共同正犯と教唆犯とは右のごとき共同犯行の認識の有無の点で明確に区別さるべく、本件については被告人は後段説示の如く右の共謀共同正犯者と認められるのでこれを正犯として処罰することは洵に相当で毫も罪刑法定主義に反するものではないから所論は失当である。論旨は理由がない。
(その余の判決理由は省略する。)
(裁判官 松村美佐男 松本晃平 石橋浩二)